ぷそ研//のいのい ピックアップver.





○――
 対岸の建物に隠れながら、この戦闘はなんだろう、と思ったときに、気配が来た。
「――ッ!?」
 背後。風の流れと共に、人の気配がすぐ後ろ――さらに首に巻きつくような気配だけが視界の外にあった。
「邪魔をしては、ダメよ」
 振り返る。そこに居たのは闇の中でも栄える、漆のような黒の羽根を生やした一人の女性。
 真っ赤な瞳と、羽根と同じ色の黒髪に少しだけボリュームを加えたボブカット。疲労の表情の中に凛々しさも残るのは整った顔立ちだからだろうか。彼女は小さな羽ばたきだけで空中に静止すると視線を射撃主が居るであろう方向へ向けた。
「去りなさい。今見ているのはゆめまぼろしよ」

○――
「凛子さんから離れろっ! ばっ、バケモノども!」
「頼茂ーっ。私に構わないで“撃って”!!」
 身体を動かし、凛子の盾になる。
 背に砲撃を直に受け。
「……なにやってんの? アスタリカ」
「……神様だから」
 そのまま凛子を握り裂く。

○――
 異常だ。この世界は異常に溢れている。
 糧である人間は妙に強いし、だからこそアリカを恐れる事も頼る事もしない。
 必要とされず、奪い消費するだけの存在。そんなものは、神とは言わない。そう思った。
 直後。
 ゲラゲラゲラ!!
 辺りに響く声が生まれた。カエルの鳴くような、複数の声。
「――――ッ」
 反射的に身を起こして、辺りを見る。すると。
 鬼。
 まぶたと口をまるで三日月のように大きく歪めた、頭に角を持った膝丈ほどの生物が、そこにいた。
 小鬼だ。

○――
 その小柄な女性は大きな瞳でじっとアスタリカを見上げるようにして。
「すごいですか?」
「すごいわよ。だって私は、神様だもの」
 答えてやった。その女性は大きく頷き、大きな女性に振り返り。
「はいっ、すごいです! この人!」

○――
「いいことを教えてあげよう。この世界に神は実在しないんだよ。それが現実だ諦めたまえ。……もっとも、僕は信じているけどね」
「何を」
「神様だよ」
 少しだけ、藍兎は苦く笑った。
「ありがと。だったらもっとアタシを敬えーッ!」

○――
「ちがうの! そういうんじゃなくてホントに――私はあなたのこと、人間だと思ってるわ!」
 苦笑い。それがダメなんだよなぁ、と心で思い、告げる。
「勘違いしないで。アタシは、神様だから」

○――
 目の前に、いなり寿司を手に持った、ネコミミフード付きの大きめなパーカーを着た、小柄で華奢な人影。
「……うわ、アスタリカだ。すげぇ」
 それだけ呟いて前を通り過ぎようとするので、アリカは小走りで近づいて左手で頭を掴んだ。
「何で誰もアタシを敬わないのよっ」

○――
 はっはとヨモギは息を荒くして。
「待ってアリカ。興奮しちゃう――あっ、ちょっとやめてっ。まっまじまじ。そこはらめぇ〜っ」

○――
 笑うと同時。轟音が響いてヨモギが吹き飛んだ。
 砲撃。その先を見る。
「こ、このバケモノどもめーッ」
 何度か聞いた台詞と共に、半泣きの自走砲男がそこに立っていた。
「ヨヨヨヨヨモギの仲間かチクショー!」
 迫力もなく、怯えきった残念な調子で頼茂は叫ぶ。薄手のコートにネジって巻いた毛糸のマフラー。金と黒の髪の毛が、今ひとつ本人に似合っていない。
「あんなだったかなぁ、ヨリシゲ」
 情報科棟の影に隠れて呟けば、足元で仔狐が「あんなだよ」と答えた。

○――
「世話人! 戦争は僕らに任せたまえ! 君たち一般人は涙を流してまで戦う必要はない!」
 言葉に、アリカは思う。その通りだ、と。
「うるせぇよ、田中! 俺は守りたいんだ!」
「いいなお前は! 力があって、大切なときに大切な人を守ったり――それだけじゃなくて世界まで守ろうと出来る! すげぇよ! すげぇって思うよ! だけどな――ッ!!」
 叫ぶ頼茂から藍兎の表情は見えない。
「自分の恋人くらい――昔の大切な人くらいは自分で守らせろッ! 田中ァ!」

○――
「何を夜中に騒いでる!!」
 告げる。その声は頭上から落ちたその言葉にかき消された。
「あっアレはッ!?」
 藍兎が慌てて都市演算機構を操作して、声の方、情報工学科棟四階の窓を照らした。そこには。
「ふ、不良……?」
 金髪のリーゼントに、闇夜に光るサングラス。彫りの深い顔立ち。黒のスラックスに、Yシャツは前面のボタン部分がすべてフリフリで覆われた、中世貴族が着るようなもの。そしてその上から長ランを羽織っている。
 はじめてみる人物。しかし、どう呼べば良いかは自然に知れた。
「不良……紳士……」
 アリカが呟いた言葉に、彼、不良紳士は頷いて――飛び降りた。

○――
 言いながら懐から、缶の紅茶を取り出す。
「“プロブレム・ソルヴィング”。問題解決を研究するぷそ研の人間ならば、それを忘れないで欲しいと、俺は願っている」
 頼茂は考え、うつむき、しかし紅茶を受け取った。紳士も大きく頷く。
「ん。ノープロブレム。ティータイムを受け入れられるならば、君もまた紳士だ」
 アリカの戦場を奪い取った不良紳士は、あたりを見回し陸美を見つける。そして真正面に立ち。
「むむむむむむムチムチさんっ! こっこのあとお食事でも! 事態の説明も受けたいですし!」
 突然言われた陸美は馴れた様子で冷笑を返し。
「ええ、素敵ですね。でも今は込み入っているので説明だけにしましょ? あと、何度も言いますが、私の名前は“むつみ”ではなく“りくみ”なんですよ? ムチムチと呼ばないで下さい。失礼です」
 滅多打ちにした。

○――

○――
「丁度いい。ちょっとこっちへ来たまえよ」
 藍兎がいたずらっ子のように口元を歪める。下フレーム眼鏡がちょっとだけ浮かんだ。
 ちょいちょい、と手招きで呼ばれ、
「こっちから見ると、紳士と天海さんが超クールに会議してるみたいだろう?」
 と見た先には、紳士の大きな背中と、極々自然にと笑みをたたえた、いつもより少しだけ柔らかい雰囲気の陸美。
「そしてこちらから見る、とだ」
 二人を中心にぐるっと百八十度移動する。
 すると見えるのは真っ赤な顔で必死に話を繋げようとする紳士と、後ろ手で指をもじもじさせ続けている陸美だった。
「……何アレ」
「ただの事務会話なのに猛烈アタックしている気分のヘタレ男と、クールぶって好き好きオーラを正面には一切出せないヘタレ女の図だ。凄いだろ」
「凄いダメじゃん」
 素直にそう言う。
「うむ、ダメだ。あの二人は凄いダメだ」

○――
「――――」
 夜空の響く、高い所から落ちてくる音。
 それは人の発する声だった。
 その向き、本館棟屋上に顔を向ける。見えたのは月明かりを正面から受けた凛子。彼女は喉を鳴らすように歌いながら、屋上のへりを歩いている。
「ほーら、やっぱりあのバケモノは上手いこと言って私たちを食べようとしてる」
 楽しそうに、弾む声色。
「だから、ね?」
 頼茂を呼ぶ【声】が闇夜に響く。脳漿を掻き回すような、本能に響く声。
「“悪を撃て”」

○――
 悲鳴は次第に消えて、三つの音が繰り返されるだけとなる。そして、群がる小鬼たちの中から、一匹が抜け出して、アスタリカの前へ。
『いのち!』
 突き出した手には、血まみれの丸いものがあった。それにアリカは首を振り。
「アタシは肉は食べないんだ」
 ありがとうね、とそう言えば、小鬼はそれをぱっくり一口で喰らい尽くした。
 血を拭い、夜空を見上げる。そこには相変わらず不満そうな顔の凛子が居て。
「これがアタシよ。――あなたは、何?」
 宣戦布告のように、アリカはそう問うた。

○――
 考えるようにアリカは眉根にシワを寄せた。一度だけ唸って。
「……リンコ、無理しなくていいよ」
「何がなのかしら?」
 ふふん、と笑う。実に高圧的で、余裕のありそうな表情。そんな凛子をアリカは鼻で笑った。
「正義の味方ぶった悪役のフリ。かわいーけどさ」
 その言葉に、凛子も鼻先での笑いを返す。
「ガラじゃないでしょ。確かにセーギの味方側かもしれないけど、私はただの善良な市民よ? “異常”ではあるけれど」
 言って喉をとんとん、と指先で叩く。
「それを使って、やろうとしている事がある」

○――
 見える表情は目を見開いた、驚きと戸惑いのもの。
「なんでよ。なんであなた――“何で”!」
「だって、神様なんだもの」
 プライドがある。
 殺せば糧になる命。大切な、一つぶんの命を見逃してまで成さなくてはならないのは、神様として生きていくための矜持。
 得るだけの存在は、この世界に要らない。
 必要とされない神は、人に捨てられ忘れられ、消えるだけだ。
 だから。
「私を“殺しなさい”! アスタリカ! アスタリカ=オニール!!」
 人間の【声】などには、耳も貸さない。

○――
 邪魔な小鬼を蹴り飛ばし、「そうそう」とアリカは訊ねた。
「ユーキ。アンタ、ヨリシゲとどんな関係なの?」
「? もう関係ありませんが? 研究室の同期ですね。――ああ」
 ぽんっと拳で手のひらを叩く。続けて携帯端末を取り出して、そこからイヤホンを藍兎の両の耳に。
「藤実は正直者なのでちょっと藍兎は耳をふさいでいてください」
「おっけー」
 素直に従って、曲を聴き始める藍兎。小鬼たちも周りで漏れる音に耳を傾けている。
「アレのことですか。高校の頃に、数日だけお付き合いしたかもしれませんね」
「……かもしれませんね? というか、聞かれちゃまずいの?」
「はい、多分に。正直者の藤実が隠すほどの重大事なのです」

○――
「……いいかげんにしろよッ!」
 砲撃。その威力は、真っ直ぐ凛子へと向かっていた。
 アスタリカがかばって止める。
「あれ? ダメじゃんヨリシゲ。カノジョ狙っちゃ。ちゃーんと、ユーキを食べて、あんたを喰らった、アタシを狙わなきゃ」
「俺は間違えねぇよ!!」
 遠距離から、的確に凛子へと砲撃を加え、アリカはそれを真っ直ぐに受け止める。そして凛子は動かない。数歩下がれば、地上から屋上には直接砲撃できなくなる。それにもかかわらず、後ろへ退かないのは――。
「悪いのは凛子さん! お前だっ! ちょっと降りて来て下さい!」
 死にたかったからなのか、それとも頼茂が珍しく強気だったからだろうか。だから凛子は前に出た。
 笑う。
「“あはははははははははははははははははは”」
 喉に巻いたチョーカーを外し、夜空に投げる。アスタリカを通り過ぎ、「余計なことしてくれるわ」と鼻で笑う。
 屋上の縁に立ち。
「なら今から行ってあげる。しっかり“受け止めなさい”」

○――
「“やめて”」
 凛子の声に、アスタリカは動かない。
「お願い“やめて”」
 動いたのは。
「“動かないでよ、頼――”!!」
 頼茂だ。まず頼茂は凛子の口を塞ぐ。抱きしめるように身を引いて、口に指を噛ませた。
「よふぃ――」
「黙ってて凛子さんッ」
 抱き上げ自走砲に乗せて駆動に任せる。
「俺はヘタレで凡人でチカラも度胸もないし――まだあの人のコト好きだけど!」
 だけど! とアスタリカに砲塔を突き込む。
「今の彼女は凛子さんだ! 俺、間違ってる!?」
 間違ってるよ、と凛子は口に指を入れられながら呟いた。

○――
 凛子は苦く強く眉根を詰めて、頼茂を見た。
 頼み、頼る。
「頼茂……お願い……守って」
「はい、凛子さん」
 正解、とアリカは笑った。自分で出来なければ頼ればいい。頼れる人間に。

○――
「……頼茂。“やっちまえ”」
「応よ。らじゃー」

○――
 途中まで言って、しかし凛子はチョーカーを締めなおす。
「協力してよ。お願い、アスタリカ。友達じゃない」
 参ったな、とアリカは心の中で思う。
「なんで?」
「信じてるから」
 参ったなと、もう一度思う。
「だったらしょうがないわね。だってアタシは――」


 神様だもの。




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